途上国ライフ

図工と体育と、ときどき英語。元公立中学校教諭、現途上国の小学校の先生。

【学校】叱る、とは? 

ちょっとモヤモヤしていることがあり、

聞いていただけたらうれしいです。

 

 

 

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これを見てくださっている、毎日子どもと頑張っておられる日本の先生方。

 

叱る、ってなんでしょう?

 

会社や職場で部下や後輩がいらっしゃる方、部活やサークル、同学科で後輩がいる学生さん、

そして子どもをもつお父さん、お母さん。

 

叱る、って、なんでしょう?

叱ることってとても難しいです。

 

 

 

 

 

このブログでも過去に何度か触れてきたのですが

私が今働いている学校では、先生たちは棒をもっていて、手の届く範囲に置いています。

なんなら、各教室に一本は棒が常備されています。

 

↓見えるでしょうか。

黒板の下に、棒が何本かあります。
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なぜなら、言うことを聞かない子どもたちを叩くため。

 

叩くと言っても、強い力で、というわけではなく、

棒の先っぽのほうで頭をぺしんと叩く感じです。

または、脚やおしりのあたりをぴしゃっと。

ときには棒ではなく平手で往復ビンタとかもあります。

※体罰が認められているわけではありません。

 

 

私は、日本での経験があるし、

体罰では何も解決しないと思っているし、

なにより、信念とか考え方とかなんとかよりも、とにかく叩きたくない。

手を上げるのって、本当によくないと思うんです。

まして自分の子どもでもないのに。

(自分の子どもだったら、しつけの一環とかでどうしても、ってことは状況によってはあるかもしれません。でも決して体罰容認派ではありません。)

 

 

でも、ここの子どもたちからしたら、私は

「叩かない = 厳しくない」

ということらしいです。

今日も、Class PP(幼稚園年長程度)の子どもたちを相手に、

集団行動を指導するきっかけとして、体育の授業で「並ぶ」ということの徹底をしようと思い、

彼らを連れて外に出した瞬間に out of control   になりました。

 

まあ、そうなるかなあ、とはなんとなく思っていたのですが。

 

私がこっちで話す間に子どもはあっちに行く。私があっちに行く間にこっちで泣く。

現地語でまくし立てられるけれど半分以下しかわからない。

 

そうこう奮闘している間に、近くを通りかかった先生が見かねて助けてくれました。

棒とともに。

 

 

You should be strict, sometimes. と2回言われました。

私も時にはきつく言っています、

でも決して手は出しません。

 

いったん教室に戻して落ち着いてから、また並ばせに挑戦しようとして、

また同じことになって、違う先生が助けてくれたとき

 

They follow other teachers, but they don't follow you because you don't beat them.

 

と言われました。

 

どうやらここでは、叩くことが言うことを聞かせる唯一の方法のようです。

Beating is the only solution here... haha と言う先生もいます。

 

。。。。。。

 

わかってはいたのです。なんとなく。

先生たちだって、やたらめったら叩いているわけではなく、

最終手段として使っているということ。

 

 

でも、すごくモヤモヤしています。

ここではそれが当たり前のこと。

でも私は、この事実について考えてしまいます。

いくら考えても、状況が簡単に変わることはないことはわかっています。

むしろ、こっちが歩み寄るべきなのかもしれません。

 

相手を変えるより、自分を変えるほうが楽だから、

それを、ここでの暮らしで学んだからです。

 

長年してきたこと、されてきたことって、

習慣になっていて、なかなか変わりません。

初めは、体罰なんて!と思って、先生たちにやめるように言ったこともありましたが、

上記のような理由で今はあきらめています。

 

 

それでも、私は叩くことをせずに子どもと向き合っていこうと決めて、

ずっとそうしてきました。

やるとしても、棒をもち、かざし、叩くフリをするだけ。

でも彼らはもう、私は叩かない、とわかっているから、なめてかかってくることも。

小さい子たちはその傾向が顕著です。

 

解決方法がそれしかないなら、もう帰ろうかな、と思ってしまうくらい。

、、、弱音吐いてすみません。

 

 

 

叩きたくない。

叱るのも、最低限にしたい。

 

日本の中学校で働いていたときも、

叱るのは本当に必要だと思ったときだけにしていました。

ここぞ、というときだけ。

全体を叱ることもあったけれど、それよりも、問題ありだと思ったときに個々を呼ぶなどして個別に指導することのほうが多かったです。

萎縮させてもなんの意味もない、

それがいい、と思ってそうしてきたけれど

自分が叱ることが苦手だったからかもしれないなあ〜、、、

 

 

 

 

ここでは、水曜日以外毎朝朝会があります。


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朝会のときに全校の生徒にむけて

上級生が輪番でスピーチをする時間があります。

そのときも、スピーチのあとに、

先生がみんなの前でそのスピーチの講評、そして

良かったところと悪かったところを話します。

(悪かったところを多めに言う傾向あり)

それも、個人に対して言う、でいいんじゃないのかなぁ?と、いつも思います。

 

 

もちろん、叱る内容によってはたまには見せしめも必要だと思うし

基本的に叱ることは成長過程に必要だと考えています。

 

ダメなことはダメだと言う、

なぜダメなのか考える、

次はしないようにする、

人とのかかわりの中で、また学んでいく、、、

そうしてみんな大人になる。

 

 

経験の浅さから、正しいことと正しくないことが判別できない子どもたちを正しく導くのが先生の仕事のひとつなら、

その過程に棒はいらないんじゃないかな、

言葉で、姿勢で伝えないといけないんじゃないかな、

棒をもつ先生を見るたびに、そんな気持ちとたたかっています。

生活も環境も考え方も違う異国だとわかっているけれど。

 

 

 

ここでは言語の壁がある、ということを差し引いても、

日々低年齢の子どもを相手にしている仕事の方々は本当にすごいなぁ、と思います。

尊敬します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうすぐ、ここでの生活も1年2ヶ月になります。

1年目は、喜怒哀楽の感情の変化がとても激しく、

そして間違いなく人生で一番きつい一年でした。

来たくて来ているのに、ぶち当たる壁の多さで帰りたくなることが多々ありました。

自分、全然できないじゃん。って、今までしてきたことや経験してきたことまで全部否定しそうになる日々でした。

 

 

でも、その生活の中で得たものや、そしてその葛藤それ自体も、

今までの、そしてこれからの人生の中では得難い、

とても貴重なものです。

というか、貴重なものにする!

自分で、する。

 

 

いつもとテイストの違う記事になってしまいました。

そしてまとまりがない。すみません。

読んでいただいてありがとうございます。

 

 

 

 

【追記】

先日、目に余る行動をする男の子がいたので、

全体のことを考えて、無視するわけにもいかず注意していたのですが、

それでも止まらないので、

つい棒でおしりを叩いてしまいました。

反射的な行動で、その瞬間、あっ!やってしまった、と後悔しましたが、

男の子は反省したのか席に戻り、

他の子も少し静かになりました。

 

その後、少し考えたのは、

私はブータン人の先生ではなく日本人の先生。

叩くスタイルを真似しようとしなくていいし、かといって、日本では叩かないからと、

頑なになっていてはいけないということ。

小さな頃からそうやって育ってきているなら、

やってはいけないことだとわかるのは、

叩かれたときだけなのだ、と。

 

 

異なる立場を生かしたアプローチを、もう一度考えないといけません。

なぜ、叩かないのか、しっかり伝える。

ふだん叩かない人が叩くなんてよほどだ、と思わせられたら儲けものです。

 

 

 

 

派遣されたときは、

なんでも吸収したい!柔軟にいたい!

と、思っていたはずなのに、

いつの間にか忘れてしまっていました。

 

 

言葉で臨機応変にというのは簡単ですが、

やってみるのはとても難しいなぁと感じています。

 

まだまだ、この件については試行錯誤、

紆余曲折がありそうです。

答えが出ることはないと思いますが、

これからも考えながら向き合っていきます。